DXとAIの力で支える、持続可能な医療提供体制
正井
医療現場では業務の多様化により医療従事者の負担が増加しており、加えて人手不足も深刻な課題となっています。
大阪府では2050年に向けて生産年齢人口が減少する一方で、医療需要は概ね横ばいで推移し、介護需要は大きく増加すると見込まれています。特に大阪市では、高齢化に伴う医療需要の増加と生産年齢人口の減少が重なることで、人手不足が一層深刻化すると予測されています。
一方、地方では、労働人口の減少に伴い医療需要の縮小が見込まれており、医療機関の再編・統合・集約化による地域医療体制の維持が課題となっています。また、国土交通省のデータによると、2025年時点では、地方の生産年齢人口の減少幅は都市部よりも大きい一方で、2050年までの長期的な推計では都市部でも生産年齢人口の減少が進行し、地方と都市部の減少率は同程度になると予測されています。
つまり、人手不足は都市部においても重要な経営課題であり、医療機関におけるDX推進やAIの活用は、業務効率化にとどまらず、持続可能な医療提供体制を維持するためにも不可欠な取り組みであるといえます。
園生
おっしゃる通りです。ただし、デジタル技術を導入するだけでは十分な効果を得ることは難しく、実際に期待したほどの成果につながっていない事例も少なくありません。DXの本質は、単に新たなデジタル技術を導入することではなく、現場の課題を的確に把握したうえで、その解決に向けて業務プロセスや働き方そのものを見直し、新たな価値を創出する“業務デザインの変革”にあります。
正井
当院では、新病院の開設を機にスマートホスピタル化を新たな基本方針として掲げ、DXを本格的に推進しています。その一環として、全職員にスマートフォンを1人1台配備するなど、業務デザインの変革を進めているところです。【NEXT Stage Document Assistant】(電子カルテ情報をもとに生成AIが各種医療文書を自動作成する業務支援システム)と、【SpeechER】(生成AIを活用した音声入力・OCRカルテアプリ)についても、新病院の開設に合わせて導入しました。
園生
スマートホスピタルの先進的な取り組みを進める貴院が、数あるソリューションの中から弊社のシステムを導入された背景や決め手は何だったのでしょうか。

正井
【NEXT Stage Document Assistant】は、医師の文書作成業務の負担軽減を目的に導入しました。書類作成業務を支援する方法としてメディカルクラーク(医師事務補助者)の活用がありますが、新たな人件費に加え、個々の能力に差があり、十分な教育や品質の均一化が難しいという課題がありました。その点、生成AIを活用した文書作成支援であれば、一定品質の文書を効率よく作成でき、業務の標準化が期待できます。
園生
メディカルクラークの教育では、誰が文章を作成しても「80点以上の品質水準」を維持できることを目標としますが、その品質水準に至るまでには多くの時間と労力を要します。こうした「一定水準の文書を安定して作成する」という役割こそ、生成AIが最も力を発揮できる領域です。一方で、診療情報提供書や紹介状には、医師一人ひとりの表現や臨床経験に裏打ちされた判断など個性も求められます。そのため、生成AIが質の高い文書作成を支援し、それに医師の個性を加えて完成させるという役割分担が理想的です。
AIは医師に代わる存在ではなく、「質の高いスタンダードを支える存在」であるという考え方が、AI活用において重要だと考えています。
正井
医療現場では文書作成支援ツールに対するニーズは非常に高く、多くの企業がソリューションを提供していますが、選定においては「業務負担の削減と効率化」を重視しました。
一部の製品では、電子カルテの情報を利用者がテンプレートへ入力した上で生成AIが文章を生成する仕組みでしたが、転記作業が残るため効率化にはつながりません。一方、【NEXT Stage Document Assistant】は、電子カルテから必要な情報を自動抽出し、そのデータをもとに生成AIが文書を作成するもので、業務フロー全体を効率化できる点に魅力を感じました。
また、インターネットを介さないオンプレミス環境による運用など、個人情報保護にも配慮されており、安心して導入できる点も決め手となりました。
園生
クラウド型生成AIは高い性能を有する一方で、患者情報をクラウド上で取り扱うことに伴う個人情報保護の課題があります。一方、インターネットから分離されたオンプレミス型生成AIは、セキュリティ面で優れるものの、クラウド型と比較して性能面に課題があるとされてきました。
そこで弊社では、最新の生成AI技術を活用するとともに、医師監修のもと、疾患ごとに重要な情報を抽出・整理する独自の仕組みをシステムに組み込んでいます。これにより、オンプレミス環境においても、医療文書作成に求められる高い品質を確保しています。
弊社には医師も在籍しており、開発においては医師とエンジニアが密接に連携しながら、継続的な検証と改善を重ね、さらに、生成AI技術の急速な進化も相まって、高い性能とセキュリティを両立した製品を実現しました。
正井
生成AIを活用した音声入力アプリ【SpeechER】については、まさにER現場が求めていたツールでした。音声認識による文章変換の精度は高いレベルに達していますが、電子カルテへ反映するまでの操作プロセスには、なお改善の余地があります。このプロセスがシームレス化されれば、ER業務のさらなる効率化が期待されます。
また、【SpeechER】のOCR機能(手書き文書などをデジタルデータ化する技術)を活用し、紹介状や診療情報提供書などの各種書類を電子カルテへ反映することで、患者さんへの重複した問診の削減も期待できます。当院では外来看護師が問診を担当していますが、こうした業務負担が軽減されることで、より専門性を発揮できる業務へ看護師を配置することができます。働き方を変革し、より質の高い医療の提供につながる仕組みとして、その活用に大きな期待を寄せています。
医療現場と開発企業の共創で、AIの価値を最大化する

正井
当院では旧病院にてアバターによる案内・受付の実証実験を実施しましたが、裏で人が対応する必要がありました。アバターのための人員配置が必要なら本質的な業務効率化には至らず、AIアバターが必要です。DXやAIの活用が医療現場で明確な効果として実感される段階に至るには、依然として多くの課題が残されており、さらなる発展が求められています。
特に、医療現場における文書作成業務の負担軽減は、私たちが長年、解決したいと考えてきた重要な課題です。文書作成支援ツールが高い実用性を備え、質の高い文書を作成できるようになれば、医療業界全体の業務改革に大きなインパクトをもたらすはずです。
園生
AI活用の本質は、単なる作業効率化にとどまらず、医療機関全体の業務設計を見直し、限られた人材をより価値の高い領域へ再配置することです。
現在の医療現場は、いわば「プレAI時代」の仕組みに基づいて運営されており、例えば退院サマリーの作成では、下書きの作成、内容確認、進捗管理、リマインドなど、多くの工程を人が担っています。最終確認や医学的判断は今後も人が担うべきですが、定型的な文書作成や管理業務については、AIによる自動化が期待されます。これにより、これまで文書作成などに費やしていた人員や時間を、より専門性の高い業務へ振り向けることが可能となり、業務変革を加速させる大きな契機になると考えています。
正井
そのためには、文書作成支援ツールが、医療現場の中で自然に受け入れられ、日々の業務の中で当たり前のように活用されるレベルまで進化していくことが不可欠です。その実現には、開発側だけでなく、利用する医療機関側も課題や運用データを共有しながら継続的な改善を重ね、真に価値を生み出すDXやAI活用へと発展させていくことが求められます。
また、スピード感も重要です。医療現場としても開発側と積極的に協力しながら、発展途上にある技術をより実用的で価値のあるシステムへと発展させていかなくてはなりません。
園生
ご指摘の通りです。開発側に求められるのは、システムやツールの性能向上だけではありません。その価値を最大限に引き出すためには、導入時の支援から運用定着、継続的な改善までを一体的に支える“伴走型”の取り組みが不可欠です。医療現場と共に課題を見つけ、改善を重ねながら、現場に根付き、本当に役立つDXを実現していくこと。それこそが、私たち開発側の重要な役割だと考えています。
DX・AIは医療機関の競争力を左右する経営基盤へ

正井
AIは医療安全の向上という観点でも、非常に大きな可能性を持っています。特に、今すぐにでも効果が期待できる領域の一つが「画像診断」です。現在のAI技術の進歩を考えると、画像などにおける見落としリスクの低減には大きく貢献できるはずです。
園生
正にその通りで、AIが得意とする領域は、大きく「異常検知」と「知識の網羅性」の2つだと考えています。
医師は疲労やアンカリングバイアスによって異常への感度が低下しますが、AIは膨大なデータを一定の精度で継続的に解析することができます。さらにAIは、個々の医師が生涯を通じて経験できる範囲をはるかに超える、数百万件規模の膨大な症例データを学習することができます。多様な症例から得られたAIによる知見を活用することで、複雑な症状や画像データの分析を支援し、希少疾患に気づくきっかけを得たり、診断の見逃しを減らしたりすることが可能です。
正井
さらに、DXの取り組みやAI活用は、医療機関の競争力やブランド力を左右する重要な経営課題になっていくと考えます。
特に人材採用の面では、業務負担の軽減や、効率的かつ質の高い働き方を実現できる環境を整えている医療機関ほど、優秀な人材から選ばれるようになります。紙カルテを運用している医療機関では人材が集まりにくい状況にありますが、同様に今後は、DXの取り組みやAI活用が、医療機関を選ぶ際の重要な判断材料の一つになっていくでしょう。

園生
これからの医療を担う若い世代は、スマートフォンやAIの発展と共に育った世代であり、それらの身近な技術を医療現場で活用できない環境は負担やストレスにつながる可能性があります。働き手の減少が進む中、人材の確保は医療機関の安定的な運営や持続可能性を左右する重要な課題であり、DXやAIは人材確保や働きやすい職場環境の実現を支える基盤として、今後ますます不可欠なインフラになっていくと思います。
正井
当院では全職員へのスマートフォン配備を進めましたが、目指しているのは単なる連絡手段の利便性向上ではありません。「医療業務の中心的なインターフェース」であり、スマートフォン一台で必要な業務を完結できる環境です。現在は電子カルテの情報閲覧が中心ですが、今後オーダー入力などの操作まで可能になれば、働き方は大きく変わります。
これからの医療を担う若い世代にとってスマートフォンは身近なツールであり、その活用がスマートホスピタル実現の鍵になると考えています。
園生
また、DXやAIで重要なのは、単に「使える技術」であることではなく、医療者がストレスなく、自然な形で継続して使える環境をつくることです。例えば音声入力は、日本人の特性として人前でスマートフォンに話しかけることに心理的な抵抗を感じる人も少なくありません。そのためOCRなどの技術を組み合わせるなど、状況に応じて無理なく利用できる環境を整えることも重要です。若手看護師からは、「音声入力よりも、フリック入力でチャット感覚のままカルテを記載できるほうが使いやすい」という声も聞かれます。
大切なのは、従来の方法にとらわれるのではなく、利用者の特性や現場のニーズに合わせて、自然に受け入れられる環境をつくることです。そうした視点でDXを推進していくことが、持続的な活用につながると考えています。
AI時代に問われる、医療の本質と人間の役割

正井
“医は仁術”という言葉がありますが、医療の本質は「患者さんのために何ができるか」を追求することにあります。これからの医師には、AIを適切に活用する力に加え、これまで以上に患者さんに寄り添い、信頼関係を築く力が求められるでしょう。
園生
私も同意見です。医療が向き合うのは患者さんという「人間」であり、理解や納得、不安や希望といった感情を忘れてはいけません。患者さんが求めているのは、データや確率に基づく判断ではなく、自分の人生に関わる選択を納得して決めるための説明や対話です。AI時代だからこそ、人間にしかできない説明や対話、患者さんに寄り添う力の価値は、より一層高まっていくと思います。
正井
AIの進展により、医療の在り方や医師に求められる役割は大きく変化しています。これからの医師には、AIを適切に活用するためのリテラシーに加え、患者中心の医療を実践するための臨床判断力、コミュニケーション能力、倫理観など、人間ならではの多様な資質がこれまで以上に求められます。こうした変化を踏まえ、医学教育の在り方についても見直していく必要があります。
園生
さらに、AIの活用が進む中で、避けて通ることのできない重要な課題の一つが「責任分界」の問題です。AIが医療に深く関与するほど、「誰が、どの範囲まで責任を担うのか」という論点は、より重要性を増していきます。こうした課題については、技術の進歩と並行して継続的に議論を重ねていく必要があります。
AIが急速な進化を続ける中、重要なのは、その可能性と限界を正しく理解したうえで、未来の医療のあるべき姿を描き、医療者とAIがどのような関係を築くことで、患者さんにとって最善の医療を実現できるのかを問い続けることです。人とAIがそれぞれの強みを活かしながら、より質の高い医療を創造していくことが、これからの医療に求められる姿ではないでしょうか。

AIの進化を、医療現場の価値創出へつなげる
正井
これからの医療DXでは、院内業務の効率化に加え、地域医療連携の強化や医療データの効果的な利活用を通じて、医療提供体制全体の質向上を図ることも重要です。そのためには、将来の医療提供体制の変革を見据えたビジョンを地域全体で共有し、AIやデジタル技術を活用した持続的な取り組みを推進していくことが求められます。
地域医療連携を強化する上では、現在も約4割の開業医が紙カルテを使用しているという実態があり、「紙カルテの情報をどのように共有していくのか」という課題は避けて通れません。時間はかかるかもしれませんが、地域全体で質の高い医療連携を実現するために、着実に取り組んでいく必要があります。
園生
これまで、紙カルテの情報を他の医療機関と共有するには、電子カルテへの移行が唯一の解決策とされてきました。しかし近年では、生成AIやOCR技術の進化により、手書きの紙カルテや判読が難しい文字であっても、医学的文脈を踏まえたデジタルデータ化を支援する技術が発展しています。
今後は、すべての医療機関が電子カルテへ移行することだけを前提とするのではなく、生成AIや高性能OCRを地域連携システムに活用するなど、新たな情報共有の仕組みが広がることが期待されています。
こうした技術の進化を的確に捉え、医療現場が真に必要とする価値を見極めながら、課題解決につながる新たなソリューションを創出していくことは、私たち開発側に求められる重要な役割であると考えています。
正井
文書作成支援ツールの高度化に伴い、「医師の記載能力が低下するのではないか」という懸念もあります。しかし重要なのは、AIを遠ざけることではなく、その特性を正しく理解し、適切に活用する力を身につけることです。AIは医師の能力を補完する存在であり、臨床判断や患者さんとの対話、信頼関係の構築など、医師にしか担えない役割に、より多くの時間と力を注ぐことが、質の高い医療の実現につながります。
こうした未来を実現するためには、DXやAIを単なる技術導入にとどめるのではなく、医療現場に自然に浸透し、継続的な価値を生み出す仕組みへと発展させていくことが重要です。そのためには、先ほどもお話ししたように、医療者と開発企業が連携し、それぞれの専門性を活かしながら、現場のニーズに根ざした価値を共に創り上げていくことが不可欠です。
園生
おっしゃる通りです。私たちも、医療機関の皆さまにとって真に価値ある提案を行い、DXやAIの活用によって実現する新たな医療の形を、現場の皆さまと共に創り上げていきたいと考えています。医療現場の課題に寄り添いながら、持続可能な医療を支える仕組みづくりに取り組み、未来の医療の発展と、より良い医療の実現に貢献してまいります。
