2026.09.29
NEWS・プラットフォーム現場の熱を、市のビジョンへ-山形市に学ぶ救急DX推進の実践知
山形市 井上貴至 副市長・山形市消防本部 尾形一 氏|第4回ウェビナー②パネルディスカッションダイジェスト
サマリー
現場発の課題を、庁内の関係部署と整理し、市の「健康医療先進都市」というビジョンに位置付けたことが、トップ層の理解につながった
導入すること自体ではなく、「何を実現するのか」「どんな効果を生み出すのか」を明確にし、導入前後のデータで示したことが、財源確保や合意形成を後押しした
周辺自治体・医療機関には一律の参加を求めず、それぞれの自主性を尊重しながら段階的に連携を広げることで、共同運用を実現した
救急DXを検討する自治体・消防本部から共通して聞かれる悩みが、「現場のDXをどう市全体のビジョンにつなげるか」「財源をどう確保するか」「周辺自治体をどう巻き込むか」という3つの壁です。
村山地域7市7町の連携中枢都市圏を軸に、救急医療情報共有システムの共同運用に取り組んできた山形市。前半のプレゼンテーションで現場からの救急DXの実践を紹介した山形市消防本部・尾形一氏に加え、今回は、その取り組みを市全体の「健康医療先進都市」というビジョンへとつなげた井上貴至副市長も登壇。
「現場の課題」をどう行政の政策課題へと翻訳し、財源を確保し、地域全体の取り組みへと広げていったのか。パネルディスカッションでは、救急DXを「システム導入」で終わらせないための、自治体ならではの実践知が語られました。
本記事では、そのパネルディスカッションの内容をダイジェストでご紹介します。
(※第4回ウェビナー 全国4都市の実践者が語る「デジタル救命時代の、"いのちを救う"DXを知っていますか?」パネルディスカッションの内容より構成)
<「現場の熱」を「市のビジョン」にどう接続したか>
庁内での理解づくりと、都市ビジョンへの紐づけ
救急DXの導入にあたり、尾形氏はまず市長・副市長などのトップ層へ直接説明する前に、企画調整課や財政課など本庁の担当部署へ相談し、庁内での理解づくりを進めました。コロナ禍で救急車の受け入れ先が決まらない状況が続いていた課題を、本庁の関係部署と一緒に検討する過程で、救急DXによって何を実現したいのかを明確に整理できたといいます。
尾形氏:「なぜ今必要なのか」「導入によって何が改善されるのか」という具体的なイメージまで示すことができ、理解を得やすかったと感じています。
一方、井上副市長はこの提案を単なる消防分野のシステム導入とは捉えませんでした。山形市消防本部が推進する、職員が年齢や階級に関係なく業務の「改善(Kaizen)・改革(Kaikaku)」を自ら提案し実行する「K2プロジェクト」というボトムアップの組織風土に、大きな可能性を見出したといいます。
井上副市長:救急医療体制の充実は、市民の命を守るだけでなく「安心して暮らせるまち」という信頼につながります。救急DXは消防の業務効率化にとどまらず、市民サービス全体の向上につながる施策として位置付けました。
このように山形市において救急DXは、「健康医療先進都市」という都市ビジョンの具体的な施策として位置付けられました。現場から生まれた課題を、庁内で共有できる政策課題へと翻訳し、市全体のビジョンに接続したことが、取り組みを前に進める大きな土台となりました。
<カネと合意形成のリアル-補助金獲得と投資対効果の示し方>
「何を達成するために活用するのか」を明確にする
デジタル田園都市国家構想交付金や連携中枢都市圏推進事業に係る特別交付税措置の活用にあたり、両者が共通して重視したのは、システムを何のために活用し、導入後にどのような効果を生み出すのかを具体的に示すことでした。消防だけでなく関係部局・医療機関を含めた連携体制の中で、効果を継続的に発揮できる仕組みを構築できるかという点も、申請における重要なポイントでした。
議会や市民への説明では、EBPM(証拠に基づく政策立案)の考え方を取り入れ、救急隊の事務負担軽減や情報共有の迅速化といった業務改善効果を、導入前後の比較データで可視化しました。
井上副市長:感覚ではなくデータに基づいて効果を説明することが、合意形成の大きな後押しになりました。市長記者会見やテレビ、ラジオ、新聞など各種媒体を通じ、市民目線でのメリットも積極的に発信してきました。
DXを「システムを導入すること」ではなく、「導入によって何を実現するのか」という政策目的から説明する。そして、その効果をデータによって示すことで、財源確保だけでなく、庁内・議会・市民との合意形成にもつなげていきました。
現場の抵抗感への対応としては、システム開発段階から現場の声を反映した画面設計に加え、説明会でのデモ機を使った操作体験を重ねました。資料だけでなく対面でのコミュニケーションを重視したことが、現場の理解と安心感を深めることにつながりました。
<「連携中枢都市圏」を建前で終わらせない-周辺自治体の巻き込み方>
各機関の自主性を尊重した段階的な参加
周辺市町の消防本部・医療機関との連携では、各機関の規模や状況が異なるため、費用負担を一律に按分する方法は現実的ではありませんでした。医療機関への参加打診では「他の自治体の救急車からも連絡が来るようになると困る」といった率直な意見も出ました。
尾形氏:圏域内すべての消防本部・医療機関が最終的にシステムを共同運用することを目標に据えつつ、参加・離脱の判断は各機関の自主性に委ねるという考え方で調整を進めました。医療機関についても一斉導入ではなく、対応可能なところから順次参加してもらう形を採ったことで、大きな反発を招くことなく共同運用の輪を広げてきました。
「すべてを一度に変える」のではなく、それぞれの事情を尊重しながら、参加できるところから少しずつ輪を広げていく。広域連携を進める上で、こうした段階的なアプローチが重要な役割を果たしました。
井上副市長:広域連携は実施すること自体が目的ではありません。事業の規模や効果、地域住民の皆様にとってのメリット・デメリットを見極めた上で、それぞれの地域の実情に応じた柔軟な事業企画を進めていくことが大切です。
「広域でやること」を目的にするのではなく、地域にとって必要な連携の形を考える。山形市の取り組みからは、広域連携を実装するための現実的な進め方も見えてきます。
<山形市が見据える「次の一手」>
データ活用の深化と、県境を越えた医療圏構想
今後の展開として、IoT対応の医療機器からのデータ自動取得による入力負担軽減や、生成AIなどを活用した救急隊員の判断を支える「パートナー」としてのツールの実現が見据えられています。現在取り組んでいるHigh Performance CPRでも、除細動器から取得したデータを心肺蘇生の質の分析や隊員教育に応用しています。
井上副市長:救急医療は行政区域で完結するものではありません。将来的には一つの消防本部、一つの県という単位ではなく、「患者さんにとって最適な医療圏」を軸に情報がつながる仕組みが必要です。
その実現には、システムの統一以上に、データの標準化や運用ルールの共有、消防・医療機関・自治体が同じ目的を持って連携することが重要です。まずは地域で成果を積み重ね、そのモデルケースを他地域へ展開していく考えが示されました。
山形市が目指しているのは、単なる「救急DXの導入」ではなく地域で蓄積したデータと実践を次の改善につなげ、さらに広域へと展開していく。救急医療を支える情報基盤そのものを、段階的に進化させていく構想です。
一歩を踏み出すことが、次の自治体・消防本部の勇気になる
最後に、救急DXにまだ踏み出せていない全国の自治体・消防本部へ、両者からメッセージが送られました。
尾形氏:導入当初は不安の方が大きかったですが、実際には救急隊員が前向きに取り組んでくれています。今は、その未来に向けて一歩を踏み出す絶好のタイミングなのかもしれません。
井上副市長:最初から完璧を目指す必要はありません。まずは小さな一歩を踏み出し、現場の課題を一つずつ解決していくことが、着実なDXへの近道です。
(文責:TXP Medical株式会社 EMS Collection編集部)



